2010年6月28日月曜日

レア物かな

またまたマウスピースネタ。。。。
これも某オークションサイトで発見し即落札。って入札したのは僕だけだったのですがね(*^_^*)落札価格は御想像にお任せします。
これ、チャーリー・パーカーが使ってたということで夙に有名なブリルハートのエボリンというモデルです。オークション出品者によれば1980年代製造のものとか。現行品はセルマーの製造ですから、これもそうなのかな。
某評論家に言わせると、ヴィンテージもののエボリンとセルマー製造現行モデルとは似て非なるものなり、だとさ。 まあ、いいじゃあないですか。所詮はコレクターの自己満足。同じ楽器、同じマウスピースのセッティングしたって、憧れのミュージシャンと同じ音が出るなんてことないのは百も承知。

で、とにかく入手できたのが嬉しくて、早速使ってみました。手元に届いたものは状態も良。ノナカ製の透明マウスピースパッチを貼り付けて、準備完了。

新しいマウスピースって、思い切り鳴らしてみないと面白くないので、個人練習でよく利用する浜松市内の貸しスタジオへ。愛用のアイゼンやメイヤーとはまた趣の違うパリっとした音。よく鳴ります。しっかり慣らして(こっちが慣れてか?)、リードとの相性を点検すると、面白い音色になるかも。
最近はリコ・ジャズセレクト使ってますが、他のメーカーも使ってみるかなあ。
まあ、チャーリー・パーカーと同じ音が出るなんてハナから思ってませんから誤解のないように。
サックスって面白いですね。僕みたいに初心者向け楽器使ってても、マウスピース変えるだけで音色のバリエーション楽しめるんだから(^0_0^)

2010年6月27日日曜日

マウスピースのキャップ

某オークションサイトで落札したメイヤーのマウスピース・キャップです。
アルトサックスでJAZZの音色を、というとメイヤーは定番、というかお約束。
これは同好の皆様ご承知の通り。

セルマーあたりのマウスピースはキャップもリガチャーも別売りなんですが、
メイヤー社はキャップ・リガチャーは付属品扱い。
サックスの師匠森山氏などのアドバイスで、メイヤーのマウスピースには石森管楽器製のリガチャーを付けてます。これがなかなかパワフルな組み合わせ(^_^)
でも不満だったのが、メイヤー純正のキャップ。。。。
プラスチック製なんですねえ、これが。ちょっと前のモデルまでは金属製だったそうなんですが。。。。。なんて思いながら二年以上メイヤー使ってましたが、オークションサイトにて本品を発見!
 
”ビンテージ”云々という謳い文句ですがキャップ単品だから、そんなに高くない。で、二千円なりで落札。 
”だからどうなのよ?”って言われそうですけど、ひとり悦に入るのでした。








2010年6月16日水曜日

異業種交流?

一昨日(6月14日)夜、浜松市中心部の
大学教授O氏宅でのホームパーティへお邪魔してきました。
こちらの奥様は声楽家。
ご自宅の一階にはレッスンルームがあり、
まずはこちらで僕のサックスとピアノのアンサンブル。
曲はわが十八番”グリーンスリーブス”
で、本日の主役というか主賓の先輩和尚I師が
尺八を御披露。

久しぶりに尺八の音色聴きましたが、素晴らしかった。
この和尚様は、この秋に山口県のとあるお寺へ行かれる予定ですが
向こうへ行ったら尺八を吹くなんて暇はなさそう・・・・
残念なことですが。。。
この夜は、O氏奥様の手料理の数々を肴に
僕がお持ちしたスパークリング・ワインや日本酒のグラスを重ね
語り尽くす山雲海月の情、という感じでした。

2010年5月25日火曜日

第八回落語会無事終了

先般、本ブログで告知した落語会、5月23日無事終了しました。
折しも冷たい雨の中(住職が雨男だってもっぱらの噂?)にも関わらず、
沢山のお客様のご来場があり、
主催者としては嬉しい限りでした。
師匠も熱演で、場内は笑いの渦。
いつものように講演終了後は、師匠を囲んで反省懇親会。
ちょうどお客様でお見えになった豆岡女将さん&板さん差し入れの
磯自慢(美味しい大吟醸!!)が瞬く間に空になりました。
正直、イベントの運営は大変です。
でも、皆さんの笑顔に励まされています。
ご来場の皆さん、来年もよろしくお願い申し上げます。


2010年5月22日土曜日

スイング・ジャーナル休刊

二、三日前の朝刊に小さな記事。見出しは「スイングジャーナル休刊へ」。
へー、っと思い記事を一読すると昨今の売り上げ落ち込み、
広告主の減少が休刊に至る経緯という。
さもありなん。自分も書店で手に取りはするが、この十数年購入したことがない。
しかしまあ、休刊ともなると買っといてあげなきゃ、ってのが人情か。
今日、六月号を買ってしまった。来月発売の七月号で休刊だそうな。
しかしページをめくって見ると、
登場するミュージシャンの顔ぶれは最新?とはいえ
自分がJAZZかぶれになった中学生当時の紙面と
余りにも雰囲気が変わらないので失笑した。
十三、四歳の中学生が生意気にもこんな雑誌を貪るように読んで
NHK FMの日曜日午後のJAZZ番組を聴いては
マイルスだ、コルトレーンだ云々とひとり悦に入っていたのだ。
SJ誌や漫画雑誌は、子供の頃に遊んだ様々な玩具とともに
ウチの寺の改築のドサクサに紛れて、廃棄処分されてしまった。
今思うと、勿体ないことをしたものだ。

まあ最近は、他のジャンルでもそうだが
いわゆるJAZZ評論に殆ど興味がないのが正直なところ。
サックス吹き始めて気が付くことだが、
プロに対して技術的なことを評論家が云々するのは
おこがましいように思う。
プロなら上手くて当たり前、
その日のコンディションの善し悪しに関わらず
目の前の聴衆を音楽の洪水の中で心地よくさせ
時に”凄い!”と言わせるのが彼らの使命であろう。

だいたい、音楽にせよ絵画にせよ、
僕は食べ物と同じと思う。
個人個人に好き嫌いが有ってあたりまえ、
アレルギーがあっても当たり前ではないか。
世間で名のある某氏が「これは素晴らしい」といって
持ち上げようが、判断するのはそれを食する個人である。
それを美味しいと判断するか、どう感じるかが感性ってものだろう。

スイングジャーナルは、もうとっくに僕の中では役割が終わっている。
僕をJAZZという得体の知れない魔物に導いてくれたジャーナルよ、
有り難う。

2010年5月21日金曜日

坐禅体験してもらいました

先日も書いたとおり、今日(5月20日)の午前10時半きっかりに
浜松特別支援学校高等部の生徒さん13名が
先生お二人の引率のもと、ウチの寺へいらっしゃいました。
心配された天気も、皆さんが来る頃には晴れ間も見えて
誰かが照る照る坊主に願い事したんだろうか?なんて考えました。
で、本堂内に上がってすぐにウチの寺の紹介&僕の自己紹介。
坐禅体験は正味五分くらい。
先生のリクエストで、みんな警策で一発ずつ叩かれることに。
いい音がすると、みんな拍手!!
こちらが用意した法話は、シュリハンドクというお釈迦さんの弟子の話。
自分の名前さえ直ぐにわすれてしまうシュリハンドクに
お釈迦さんはどこでもきれいに掃除することを教え
この行の積み重ねによって自らの心が本来清らかだということに気づき
シュリハンドクは他の弟子と同じ悟りの果実を得たという。
どんな人間も生まれながらに清らかな心を持っているのだよ、
ということですね。
話していると、生徒さんの反応がすこぶる良いのが嬉しかった。
こちらの話終わって、みんなでお茶を頂き、
出発前に記念撮影。
生徒さんの中には、「お父さんお母さんやなんかと一緒にまた来たいな〜」
なんて言ってる子もいて、こちらもご縁を頂いて有り難いことです。
また機会があれば協力したいと思います。

10分ほど出発時刻遅れたけど、
みんな給食の時間に間に合ったのかなあ。

2010年5月18日火曜日

たまには本職の話

いつも趣味的な話題ばかりですが、本職の話題も。

本日(5月18日)は、午前九時半から町内を托鉢。
これは、有志の和尚さんたちと毎月一回場所を変えて
実施する恒例行事。

本日のメンバーは、同じ宗派有志和尚2名と
奥山方広寺(半僧坊の方がお馴染み)の修行僧3名と
私メ。
好天に恵まれ、黒麻の衣なびかせて町内を托鉢。
気持ちよかったあ(^0_0^)
寄せられた浄財は一年間プールして
歳末助け合いや福祉事業に寄託することにしています。


午後は、近在の浜松特別支援学校高等部の先生がお見えになり
明後日(5月20日)校外学習でウチの寺へ生徒さんを案内したいとのこと。
ちょうど、中学時代の同級生Yさんが、この学校の教諭なさってるご縁であります。
座禅体験や法話で一時間くらい。
短い時間だけど、一期一会、全力投球しないと。
でも、こういう機会があるのは有難いです。

 
生徒さんたちは、徒歩でウチの寺まで見えるそうな。
週間天気予報では傘マーク。。。。大丈夫かな。


随分前に、知り合った関西出身の商社マンが
「実は僕、ずっと和尚さんになりたかったんです」と話してくれたことがあった。
彼が小学生の頃、高野山へ一泊二日の研修に行った。

研修終わって山を降りる際、和尚さんたち何名かが見送ってくれたそうだ。
手を振って、さようならを告げて山を降りる。
長い坂の途中で振り向くと、和尚さんたちは未だ彼らを見送って手を振っている。
二百メートルはあろうという坂を降りきるころ、
さすがにもう和尚さんたちの姿はないだろう、と思って振り向くと
和尚さんたちは未だ同じ場所に立っていた。
しかも合掌して深く頭を垂れて・・・・
この姿を見た瞬間、小学生だった彼は「大きくなったら和尚さんになるんや」
と心に決めたという。
中学、高校と進学するうちに両親の猛反対にあって
お和尚さんになることは断念せざるを得なかったが、
商社マンとなった今でも、
あのとき合掌して頭を垂れていた和尚さんの姿は忘れない、という。
「お客さんは仏さん、菩薩さんやと思ってます」
 そう話していたのが、とても印象に残っている。
慈悲深い和尚さんの姿は、
商社マンとして活躍する彼の心の中にずっと生きているのだ。