2011年2月6日日曜日

2010満月まつり<報告集>より

毎回、満月まつり<報告集>が、スタッフの編集により
発行していますが、これに寄せた拙文をアップします。

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2010年満月まつりを終えて

満月まつりも会を重ねる毎に個性豊かな出演者の熱演が見られるようになった。誠にありがたいことであるが、当方のレベルとはますますかけ離れて行く様で内心穏やかではない。(今年も、演奏トチッタし・・・・)
当日の反省会でも訊かれたことであるが、こういったイベントはマスコミ的には動員人員が一番の関心事となる。内容はそっちのけ、主催者に開催の主目的など聴取し、出演者の顔ぶれを記載したプログラムを手に二三枚の写真撮影して、「では明日の朝刊あたりに掲載されますから云々」という感じで新聞社の記者さん方は会場を後にする。まあ、彼らは批評家ではなく、ある日ある時の出来事を伝えるのが仕事なのだから文句は言えない。しかしながら、本来問われるべきはイベントの内容そのものであり、スタッフや出演者の思いを聴衆の方々一人一人に伝えることが出来たかどうか、ということであろう。こんな当たり前のこと、今更言うまでもなかろうが、職業柄さまざまなイベントに関わらざるを得ない身にとってしばしば忘れがちなことなので、敢えて再確認しておく。昨年であったが、多くの観客を動員し一流のスタッフ、出演者に恵まれながら、根幹となる脚本やイベントそのもの趣旨のお粗末さを目の当たりにした。地元政治経済界の御歴々が関わっているイベントゆえ批判的なコメントは余り耳にしないが、この時の居心地の悪さと言ったらなかったのである。動員人数に幻惑され内容を蔑ろにしたイベントは、近い将来見向きもされなくなるであろう。
今年の満月まつりでは、若い世代による沖縄の現状リポートが聴かれた。プロジェクター投影される映像と共に印象に残ったのは、彼らの熱い思いである。エイサーを通して沖縄の土地、文化、人々に触れ、その中で沖縄の現状を目の当たりにして感じ取ったものは何か。今、ここで伝えなければ、という熱く性急な思い。それらが滲み出ている彼らの一言一句を聴いていると、頼もしく思えたのは私だけではあるまい。彼らの思いは、言霊に乗って当日の聴衆の一人一人に届いていたに違いない。満月まつりの出演者やスタッフの面々、全ての方々にこれは通ずるところだ。
これを共同幻想と嘲笑する輩も居るかも知れぬ。しかし、どうであろう。カオスなのかフラクタルなのか判然としない現代において、醒めた視線でこの世の中の動静を見る事ほど無益なことはない。今回の満月まつりプログラムの拙文に引用した山口洋の言葉を借りれば、「解き放て 命で笑え」(『満月の夕べ』)なればこその満月まつり、なのである。
斯様な文章を綴る切っ掛けを下さった、満月まつりスタッフや出演者各位に改めて御礼申し上げ、報告集の挨拶に替えさせて頂きます。
2011年1月大寒 薬師寺良晋
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